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東京地方裁判所 昭和40年(レ)342号 判決

控訴人 塚田喜平太

右訴訟代理人弁護士 高屋市二郎

同 荒木淳

被控訴人 医療法人社団同愛会病院

右代表者理事 中川義一

被控訴人 中島清治郎

〈ほか一名〉

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士 田中弥吉

右訴訟復代理人弁護士 中直二郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

本件各土地の沿革および現況につき検討すると、≪証拠省略≫によれば、本件各土地附近一帯は、昭和六年頃池沼又は水田の状態で、当時の南葛飾郡松江町香取耕地整理組合の耕地整理施行地区であり、本件各土地は池沼の一部であったが、同耕地整理事業においては、池沼の部分を金魚池などに使用し、本件各土地も埋立てることなく、ただ将来周辺土地を埋立てる際、袋地が生ずるのを防ぐため、本件各土地およびその西側の土地を、公道に通ずる通路予定地として、耕地整理確定図においては、右各土地をおおむね別紙図面の現在の通路の形状に区画しておき、他の部分を各組合員に対し換地配分し、本件各土地は便宜上、当時の組合役員であった鈴木治孝、梅沢八太郎、中里喜一郎の共有名義に登記手続をなしておいたのであるが、昭和一八年頃、右通路予定地の公租が中里喜一郎に賦課されるに至ったため、当時の組合員の同意を得て、右公租額程度の価格で通路予定地を竹山某に売渡し、さらに昭和三〇年頃、鳥海孝一が竹山某から右通路予定地を買受けるとともに、周辺の池沼又は水田の所有者から、予め賃借権を第三者に譲渡する承諾を得て、これを賃借し、そのころ同人が前記買受けた通路予定地および賃借した周辺池沼および水田を埋立て、通路部分の土地買受代金および埋立て費用を譲渡価格に加算して、周辺土地賃借権を他に分譲し、右埋立てにより、はじめて本件各土地は通路の形体をそなえ通行可能となり、それ以後後記のとおり付近の住民の通行の用に供されてきた事実を認定することができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

そして、鳥海孝一から順次山田盛江、宇田川昭次、矢笠銑之助、控訴人へと、本件土地所有権の移転行為がなされた事実は、当事者間に争いがなく、被控訴人ら主張の本件各土地所有権の放棄については、本件全証拠によるも、耕地整理事業の顛末をつまびらかにする資料を見ることができないので、これを認め得ない。従って本件各土地は控訴人が所有しているものと認められる。

さらに、≪証拠省略≫によれば、昭和二八年第一回江戸川区議会定例会における同議会の承認に基づき、昭和二八年四月一日、当時の江戸川区長小久保松保は、地方自治法第一〇二条第五項の準用による同法附則(昭和二七年法律第三〇六号)第一三項および同法施行令附則(昭和二七年政令第三四五号)第六項の規定により、都道の路線を廃止し、東京都から江戸川区に引継がれた東小松川四丁目地内の道路ほか江戸川区内七七の道路について、これを特別区道路線と認定し、同日、同区長により、地方自治法施行令(昭和二二年政令第一六号)附則第四条ならびに道路法(昭和二七年法律第一八〇号)第八条の規定に基づき、江戸川区告示第一三号をもって各七八ヶ所の道路を特別区道として供用開始をする旨の公示がなされたが、右路線の認定および供用開始公示のなされた特別区道の路線中には、「東小松川四丁目地内、別紙図面のとおり」として、内山地図株式会社作成の縮尺五、〇〇〇分の一の地図に、同地内の境川東岸上の公道とその東方通称千葉街道とを連絡する道路が表示されており、この道路は右地図上、ほぼ本件右土地の位置と一致するものであって、本件各土地附近には現在同様の通路が他に見当らない事実を認定することができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。そして、≪証拠省略≫によれば、同区には道路台帳はなく、本件各土地につき同区が道路築造工事をしたことなく、所轄江戸川税務事務所長は本件各土地につき控訴人に対し固定資産税、都市計画税を賦課しているものの、江戸川区としては、本件各土地をふくむ前記道路は、旧南葛飾郡松江町道であったものを、市郡併合により昭和七年一〇月一日東京市に引継がれ、さらに昭和二八年四月一日特別区道に認定替えされたものであって、したがって権原の取得については、松江町道として認定する時点で、当時の土地所有者から、厚意もしくは同意を得て認定されたものと解しているが、江戸川区の右見解は、東京都知事の江戸川区長宛昭和四〇年六月一七日付「民有道路の取扱について照会に対する回答」書の同趣旨の回答に基づくものである事実を認定することができ、右認定に反する証拠はない。

さらに、本件各土地および周辺土地の現況をみるに、原審および当審における検証の結果によれば、本件各土地付近一帯は商業、中小企業等の店舗・建物の存する街区をなしており、周辺一帯の幹線道路である通称千葉街道の西側にあって、別紙図面のとおり、本件一、二六七番の七の土地(別紙図面乙地)の東端は右千葉街道に接し、本件一、二六七番の六の土地(別紙図面甲地)は右乙地の西側にあり、甲地の西側に接する一、二七一番の二の土地(別紙図面丙道路)とともに直線状の通路となり、同通路西端は境川東岸上を南北に通ずる幅員約二間(三、六米)の公道(別紙図面Y公道)に達し、右通路の幅員は約三間(五、五米)であり、未舗装ではあるが砕石を敷きつめ、乙地の南側および甲地の南側一部に側溝が設けられ、付近住民の通行の用に供されているほか、付近に千葉街道とY公道を連絡する通路がないため、その連絡通路の用に供されている事実を認定することができる。そして、前記各検証および弁論の全趣旨によれば、別紙図面のとおり、(イ)被控訴人医療法人社団同愛会病院の敷地(同病院は原判決添付第二目録(一)(1)記載の土地を所有し、同(一)(2)記載の土地を大場鍬次郎から、同(一)(3)記載の土地を宗教法人源法寺から、それぞれ賃借している)、および建物の表入口は千葉街道に面し、一般来院者の来院に本件各土地を通行する必要は認められないが、屍体等の搬出あるいは自動車の格納に裏出入口を使用する必要があり、その時は本件各土地を利用しないかぎり丙道路を通りY公道に出て迂回する必要があり、(ロ)被控訴人中島清治郎の居宅および工場敷地(同人は原判決添付第二目録(二)(1)記載の土地を鈴木道太郎から、同(二)(2)記載の土地を梅沢八太郎から、それぞれ賃借している)は、千葉街道にもY公道にも面せず、右居宅および工場の構造からしても、本件各土地を利用しない以上は千葉街道に出るためには前記同様丙道路を通りY公道に出て迂回する必要があり、(ハ)被控訴人河村正雄はその敷地(同人は原判決添付第二目録(三)(1)記載の土地を長谷川喜平から、同(三)(2)記載の土地を梅沢栄助から、それぞれ賃借している)が、千葉街道およびY公道にも面せず、その居宅および工場(洋瓦製造業を営なむ)がいずれも本件各土地の北側に南面した構造をしているので、千葉街道はもとよりY公道へ出るためにも本件各土地を利用せざるを得ず、そうでないかぎり、工場を改築して別紙図面袋路地に面して出入口を設け、前記同様丙道路を通ってY公道に達し、迂回して千葉街道に出ざるを得ず、(ニ)なお、Y公道は、幅員がせまい上、片側が境川に面しているため、被控訴人らの事実上必要な自動車の通行には、不可能ではないが不適当である事実を認定することができ、右認定に反する証拠はない。

また、≪証拠省略≫によれば、昭和三四年一二月末日頃、当時の本件各土地所有者矢笠銑之助が、右土地上に被控訴人ら主張のごときバラック建倉庫(建坪三坪(九・九一平方米))二棟を建築所有し、その通行を妨害したが、被控訴人らの申請に基づく仮処分命令の執行により、昭和三五年一月一四日、右各倉庫を撤去し、その後前記のとおり本件各土地は矢笠銑之助から控訴人に所有権が移転し、その結果控訴人が矢笠銑之助同様本件各土地に建物を建築せんと計画準備している事実を認定することができ、右認定に反する証拠はない。

そこで本件請求の当否を案ずるに、前記江戸川区長のなした特別区道の認定、供用開始公示が有効にして、本件各土地が特別区道と認められる以上、一般公衆は本件各土地を通行する自由を有し、特に前記のように、本件各土地と密接な関係を有する被控訴人らにとっては、この自由は、社会生活を営むうえで、必要欠くべからざる生活利益であって、かかる生活利益を不法に侵害される場合には、行政庁による適宜な措置をまつまでもなく、民法上の救済が与えられるべきであり、その侵害が継続的な場合には、これが妨害の排除を求める権利を有すると解すべきである(最高裁判所昭和三九年一月一六日第一小法廷判決、民集一八巻一号一頁参照)。

ところで控訴人は、江戸川区は、本件各土地を道路として供用開始するに必要な権原を有せず、また、その供用開始公示の際には、本件各土地は池沼であって道路の形体を備えず、かかる供用開始公示には、重大かつ明白な瑕疵があり、当然無効であって本件各土地は特別区道ということはできないと抗争する。控訴人主張のとおり、供用開始公示は、道路を一般の通行の用に供する旨の行政主体の意思表示であり、道路を最終的に成立させるものであるから、供用開始公示の時には、当該土地につき所有権、賃借権その他の権原を取得し、既に道路としての形体を具備していることを必要とするものと考えられる。本件の場合、前記のとおり、権原の取得については、本件各土地の従来からの沿革上、旧松江町、旧東京市、東京都において、何等かの権原を取得していたと推認することは必ずしも不可能ではないとしても、耕地整理に関するより詳細な資料が見当らないため、これを明認するに足る証拠は遂になく、供用開始時において、従来からの沿革上、本件各土地は明らかに道路の形体に区画されていたため、公図等によって見れば、一見して道路と誤認される状態ではあったものの、現実には通行可能の状態ではなかったのであ て、本件供用開始行為は、前記要件を欠く、瑕疵のあるものといわなければならない。しかしながら、瑕疵ある行政行為は、その瑕疵が重大にして、かつ一見して明白な場合にかぎり当然無効なるものと考えるべきところ、前記のところから明らかなように、右は一見して明白な瑕疵とは言い難く、当然無効な行政行為と解するのは相当でない。従って、控訴人の前記主張は、結局理由なきに帰する。

ところで前記のとおり、控訴人は本件各土地上に建物建築を計画準備し、その結果被控訴人らは、本件各土地の通行を妨害される虞があると認められるのであるから、控訴人に対し、被控訴人らの通行を妨害すべき建物その他一切の工作物の設置の禁止を求める被控訴人らの請求は、上述したところに照して理由があり、これを認容した原判決は相当である。(なお、本件各土地が特別区道でないものと仮定した場合、被控訴人中島清治郎、同河村正雄は、その賃借地が袋地として、囲繞地たる本件各土地を通行する権利があるものと考えられることを付言する。けだし、同被控訴人らの賃借地は、前記のとおり直接公道たる千葉街道にもY公道にも面していないのであるが、かかる土地が袋地でないというためには、単に何等かの経路でいずれかの公道に至り得ることだけでは足りず、その土地の通常の用法に従った通行が可能な経路が存在することを要すると解すべきである。これを本件について見るに、前記のとおり被控訴人中島清治郎、同河村正雄の事業は、その周辺土地利用状況からみて、特殊な土地利用とは言えず、その賃借地は、いずれも丙道路を経てY公道に通じるが、かかる経路は不便かつ不適当で、事業の遂行あるいは日常生活に支障を来たすものと認められるのであって、その賃借地はいずれも袋地というべく、囲繞地中、既に通路の形体をそなえ、従来より通行の用に供されている本件各土地が、囲繞地のため最も損害少なきものとして、本件各土地を通行する権利があるものと考えられるのである。)

以上の次第で、本件控訴は理由がないので、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柏木賢吉 裁判官 長利正己 加藤英継)

〈以下省略〉

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